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伊達な亘理 ~まるごとレディオ~ 毎週火曜日 12:30~12:55

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【3月11日】震災から3年。それぞれの想い


3月11日。

東日本大震災から3年が経ちました。

今日は、各地で追悼式や慰霊祭が行われていましたね。
IMG_9037.JPG
亘理町でも、亘理中学校体育館で『合同追悼式』が行われました。


今日の放送では、あの日の出来事を忘れない為、
また、いつ起こるかわからない災害に、どのような対策が出来るかを
少しの時間でも振り返って頂けるきっかけになればと思い、震災について特集をしました。

あの日。亘理町では、どんな事が起きていたのか。
あの時。人々は何を思い行動したのか。

震災以前には、荒浜の海のすぐ側にお店を構えていた


宍栄商店 宍戸とし子 さん

当日は、お店にいました。とても大きな地震で、立って居られなかったです。
「津波がくるので避難してください」という町の放送は聞こえていたんですが、
店を片付けなければと思い、家族と一緒に散らかった店内の片付けをしていました。
消防団員である息子は、2階の窓から津波を見て『津波だー!』と大きな声で言ったので、
家族皆で自宅の2階へ避難したんです。だけど、気づくと海を見に行った主人がいなかったんです。
私が、『探してくる』といって階段を途中まで降りましたが、
息子の『行くなー!死ぬぞ!止まれー!』という声に思いとどまり、どうしようと思ううちに頭が真っ白になりました。
その後しばらくして私たちは小学校へ避難しましたが、近所のお客さんから、
主人が津波に流されていくところをみたとききました。主人の遺体が見つかったのは1週間後でした。

荒浜で、和菓子屋さんを営んでいた

作間屋支店 森 保次  さん


当日は、わたり温泉鳥の海に商品の納品に行っていました。
とても大きな揺れで、わたり温泉鳥の海では地盤沈下が起きるなどしていた為、
急いでお店に戻り、年寄り2人居たので、まず避難のため荒浜小学校に送り届け、
自分は、「土手を越える津波は来ないだろう・・・」と思い、お店に戻りました。
でも・・・ダメでしたね。逃げ遅れてしまい。軒下のパイプに女房とつかまり助かりましたが・・・
その時は、これ以上水が増えないように願っていた。
泥水が来て冷たくて冷たくて・・・氷水に浸かっているようでした。
今思えば、逃げようと思えば逃げられたんですよね。

誰も予想すら出来なかった、大きな津波。
亘理町では、町のおよそ半分が浸水し、
東北一の生産量を誇っていた、いちご農家も9割が被災。
荒浜漁港に係留していた漁船も84隻中82隻が流されるという壊滅的な被害でした。

そんな中、県内外から沢山の人が支援の為に亘理町に駆けつけ
ボランティアとして活動されていました。

その中のひとり

東京から来た川端康裕さん

震災の当日は東京で働いていました。
生まれが京都。高校生の時に阪神大震災を経験。
その時は、何も出来ずに、ただテレビで被害を見ているだけでした。
でも、今回は大人になり「なにかやりたいな」と思い亘理町に来ました。
4月中ごろにに亘理へボランティアに。
荒浜一丁目で泥かきや車を押したり瓦礫撤去をしました。
テレビで見て亘理に来たが、言葉にならないって『これだ』と思いましたね。
実際に亘理に来て、その場の空気。視界に入る景色。
なんとも言葉では言い表せない。本当に言葉出ないという感じでしたね。


そして、現在は、町の生活支援相談員として、
亘理に住まいを移し高齢者や仮設で不安を抱える方々への心のケアに日々奮闘されています。

震災から3年。
亘理町でも、少しずつ、少しずつ復旧しています。

今年の秋には、津波で大きな被害を受けた 荒浜中学校・長瀞小学校が再開。
そして、荒浜漁港には、漁協や直売所、地震・津波観測局舎などが入る
『水産センター』が完成する予定です。

また、亘理町の観光のシンボルでもある『わたり温泉鳥の海』が一部再開する事が
決まりました。

わたり温泉鳥の海で当時フロントで働いていた 山本眞理子さん

地震がきたときは、松林が踊っているように激しく揺れていました。
私は、車椅子のお客様を抑えるのに必死でした。
階段をあがって4階のレストランに避難しました。窓から海をみると、水がひいてなくなっていたので、すごい津波がくると思いました。そのうち、松林を越えて滝のように波が押し寄せて来て、ほとんどの建物が飲み込まれるのをみて、夢の中にいるような映画をみているかのような気分でした。
水しぶきがすごくて、皆、この建物が耐えてくれるのか心配でパニックになっていて、泣き崩れていました。荒浜は終わったと思い、私も死を覚悟しました。
助けが来たのは3日後でした。ヘリコプターの音がきこえたので、ベランダに出て、タオルを手に持って降ると、手を降り返してくれ、迎えに来てくれました。
全員脱出することができましたが、鳥の海温泉の建物に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。私たちを守ってくれた建物を見捨てていくようで、心が苦しかったです。ヘリにのって後ろを振り返ると、悲しそうに「行きなさい」と私たちを見送っているようにみえました。
震災前はたくさんのお客さんで賑わっていた鳥の海温泉が、今年日帰り温泉を再開するということで、とても楽しみです。泉質がよく、身体が温まる、そして5階にあり360°パノラマを楽しめるという温泉です。海のすぐ側にあって奇跡的に助かったものなので、また活気付いてくれればいいなと思います。


番組後半では
語り部の会『ワッタリ』代表菊池敏夫さんにお話をお聞きしました。
この語り部の『ワッタリ』は、震災の被害を後世に語り継ぎ、防災意識を持ってもらうため。
また、亘理町の復興している様子を伝えるために、亘理町沿岸部荒浜をバスで巡り震災の被害や防災についてを
ガイドされている方々です。

菊池さんは、
ガイドをしていくにつれ、だんだん復旧が進み、被災当時の事を伝えるのが難しい状況になっています。
震災を風化させないために、同じ語り部の活動をしている被災した近隣市町村と協力し確実に語り継ぐ事をしていければと
考えているそうです。

震災を思い出したくない人もいると聞きます。

しかし、この震災によって気づかされたことも沢山あります。


その、経験を後世に伝えるために何が出来るのか・・・・。
残さなければいけない言葉が沢山あります。

3月11日。
震災と向き合い、身近な人と防災について考えてみませんか?