2010年9月09日
「古民家、パリの公園で復元」
木曽郡木曽町の開田高原にあった築およそ150年の古民家が、
フランス・パリ郊外の公園に復元されました。
日本文化を紹介しようと、フランス人研究者の発案で1998年に解体され、フランスに輸送。
移築場所の改修に伴い再解体されるなど紆余曲折を経て、
ルイ・ヴィトン社も協力し、7月に安曇野市の大工の手で再移築が終わり、
今年の秋に一般公開される予定だということです。
現地で移築作業を担当した山共建設の降幡真社長によりますと、古民家は木造平屋約100平方メートル。
板ぶきの石置き屋根や板壁などが特徴で、今では木曽地方でも数少ない様式ということです。
家主だった女性と親交のあった日本民族学研究家ジャーヌ・コビーさんが、
古民家を譲り受けてフランスに移築することを計画。
部材は99年にコンテナで現地に着いたのですが、当初の移築予定先は行政の許可が下りずに断念。
コンテナで保管され続け、2007年、パリの国立人類博物館内でようやく復元されました。
しかし、老朽化で同博物館が改修されることになり、昨年夏に再び解体。
移築先がなくて困っていることをルイ・ヴィトン社の経営者イブ・カルセル氏が知り、協力を申し出た。
親日家でもあるカルセル氏は、この古民家と同社がほぼ同じ年月を重ねていることも
理由に挙げ、彼らの支援で、パリ郊外の公園に移築が決まった。
山共建設は古民家再生に技術と蓄積があり、最初の移築復元から協力。
今回も、降幡さんと安曇野市内の大工4人が現地に渡り、6~7月に作業してきました。
できるかぎり昔の木材を残しつつ、傷んだ部分は日本から運んだ新しい材料と交換。
土間、いろり、調度品のほか、昔から壁に張られていたお札もそのまま残し、生活風景を再現しました。
「パリに日本の民家が建つことにやりがいを感じた」と降幡さん。
海外の有名企業が日本の古民家の価値を認めた意味も踏まえ、
「昔の日本の住宅や生活様式の素晴らしさをパリから発信するとともに、
その良さを日本の人たちにも再認識してほしい」と話しています。
2010年9月08日
今日は「国際識字デー」
単一言語で育ち、教育課程、そして家庭でも読み書きは基礎として教えられる日本では、
ほとんど全ての人が、識字の能力を持っているという環境にあります。
しかし、世界には貧困、差別、紛争などさまざまな理由で、学ぶ意志があっても
教育を受けることができない人たちがたくさんいます。
しかもそれは成人に限らず、「働かなければいけない」「学校が近くにない」という理由から、
文字の読み書きを学ぶ機会がない子どもたちも数多くいることを、皆さんはご存じでしょうか。
国際識字デーが制定されたのは、今から45年前の1965年。
この年の9月8日からイランで開催されたテヘラン会議で、当時のパーレビー国王が、
およそ3900億円とされる世界各国の軍事費1日分を、
識字基金のために出し合うよう提案したのがきっかけです。
この会議の後、当時のリンドン・ジョンソン・アメリカ大統領がアメリカ合衆国議会で、
テヘラン会議を忘れないために、さらに国連で教育分野に取り組むユネスコの識字教育への
貢献に感謝の意を表して、9月8日を「国際識字デー」に制定するように呼びかけました。
そしてこの年のユネスコ総会で宣言され、翌1966年9月8日に第1回の「国際識字デー」を迎えました。
文字を使ったコミュニケーションは、普段私たちが何気なく行っているものですが、
社会に出て、自立した生活を送る上で、読み書きは当然必要なものです。
しかし、それ以上に、自分が考えたこと、覚えたことを記録として残し、誰かに伝える。
あるいは反対に、文書として残されたものから歴史を学ぶことができるように、
自分自身の知識のためにも、文字の読み書きは必要不可欠なものだと思います。
コミュニケーション手段として誰もが持つべき「識字」の能力ですが、
これは開発途上国の人々が直面している最も大きな、
そして最も解決の難しい問題のひとつでもあるのが現状です。
国際識字デーの今日、世界の抱える識字の問題について、改めて認識を深め、
解決のために私たちにできることは何かを一緒に考えてみませんか。
2010年9月07日
「機内に響き渡る、モーツァルトの調べ」
天候などよって運行状況が大きく左右されるため、ほかの交通機関に比べると、
出発・到着時間が遅れることも多い飛行機。
乗客の安全を第一に考えてのことと分かってはいても、つい、いら立ちを抑えられなくなってしまう、
そんな経験をされた方もいらっしゃるかと思います。
空港で足止めされるだけでもストレスになるものですが、
座席についてから離陸を待ち続けるというのは、なんとも言えない、辛い状況ですよね。
しかし、そんな辛い足止めも素晴らしい思い出となった出来事が、中国で報じられました。
今回のお話の舞台となったのは、先月30日、上海を出発するKLMオランダ航空機です。
1時間も離陸許可を待ち続け、いつ出発できるのか、見通しもわからない状況でしたが、
ここで、ある乗客たちが「機内にいるみんなの暇つぶしになれば」と立ち上がったのです。
そのメンバーとは、偶然、この飛行機に乗り合わせていたアムステルダム・シンフォニエッタの面々でした。
公式サイトによりますと、アムステルダム・シンフォニエッタのメンバーは、
北京と上海でのツアーを成功させ、オランダへ戻るためにこの飛行機に乗っていたということです。
しかし、待ち時間が長くなるにつれて、機内の雰囲気が悪くなることを感じたメンバーは、
少しでもこの雰囲気を明るくしようと、それぞれの楽器を取り出して通路へと向かい、
なんと生演奏を始めたのでした。
総勢22人のメンバーは2列の通路に分かれて並び、モーツァルトの楽曲を演奏。
メンバーの周りには遠くの席にいたと思われる乗客たちも集まり、
機内はちょっとしたコンサート会場となりました。
演奏する様子に目を奪われる人やリラックスして耳を傾ける人、カメラで撮影する人もいれば、
ときに笑い声が聞こえたりと、機内の和んだ雰囲気が動画からも伝わってきます。
そして、演奏が終わると同時に、機内は乗客の拍手と歓声で包み込まれました。
何か悪い状況に合ったとき、自分たちには何かできることがあって、
それで今の状況が打開できるのであれば、この楽団の方々のように、
迷わず行動を起こすべきなのでしょう。
人はちょっとした相手の気遣いで、瞬く間に幸せを感じることができるものだと思います。
定刻通りに飛び立っていれば聞くことができなかった生演奏。
乗り合わせた方々も、この素晴らしい演奏を聴いて、離陸が遅れたことも、
1つのよい思い出となったのではないでしょうか。
2010年9月06日
「ウミガメが海へと無事に帰れるように」
伊勢志摩経済新聞によりますと、三重県の国府(こくふ)海岸に、アカウミガメおよそ13体が
今年も産卵のために訪れ、およそ1300個の卵を産み落としました。
去年、全日本アマチュアサーフィン大会が開催され、大会期間中にウミガメの卵がふ化したことでも
話題になった国府(こくふ)海岸ですが、
先月31日早朝、通常は海に向かってほぼ真っすぐに描かれる子ガメの足跡が、
海に向かわず陸の方にグルグルと円を描いて迷走しているのが見つかりました。
中には立ち止まっているような足跡も発見されたということです。
ふ化したウミガメは静かな夜を待って、集団で砂の中から一気に海に向かいます。
しかし、ふ化してもすぐには砂から出たりはせず、潮位や湿度、温度などを本能的に察知して
ベストなタイミングで海に向かう習性があると言われています。
10年以上、国府(こくふ)海岸でウミガメの保護活動を続ける方の話では、
「ウミガメは光に誘われて向かう習性があるので、深夜の水銀灯の光が原因で
迷ってしまった可能性がある」との指摘がされています。
実際に、迷走した足跡が残る産卵跡の近くには、防犯用の水銀灯があり夜になると
点灯するようにセットされていました。
この事実を知った国府自治会長の橋爪富春さんは
「ウミガメがふ化するまでは水銀灯の明かりを消そう」という決め、
その対応に志摩市の防災課もすぐに動き、その日のうちに点灯しないような措置が取られました。
人の手で変えてしまった環境は、そこで命をつなぐ生き物のために、
人の手で元の状態に戻す責任があるように思います。
今回の三重県の働きかけはとても迅速で、適切な対応だったこともあり、
今後のウミガメの産卵地にも応用できるものではないでしょうか。