
ボブ・ディラン(BOB DYLAN)
1941年5月24日生まれ、アメリカの歌手・詩人・作曲家。
アメリカを代表するアーティストの一人として、デビュー以来多大な影響を人々に与えてきた。1960年代のフォーク・ブームにおいて、プロテスト・ソングなどメッセージ色の強い曲を作るようになり、公民権運動の高まりと共に「フォークの貴公子」として大きな支持を受ける。その後音楽性の変化でエレクトリック楽器によるフォークロックと呼ばれるスタイルに移行し論議を呼ぶも、そのスピリットは数え切れないほどのアーティストへ影響を及ぼす。これまでに発表した43枚のアルバムの通算セールスは1億枚。1000回以上のライヴも行い、活動歴45年を数えた今なお歌い続けるロック界最重要アーティストである。

●フォークの貴公子
1941年5月24日、ミネソタ州デュルースに生まれたロバート・アレン・ジンママン(ボブ・ディラン)。 少年時代にロックBANDで歌い始め、やがてブルース、カントリー、フォークなどに傾倒してゆく。58年ごろから「ボブ・ディラン」を名乗りコーヒーハウスなどで歌うようになり、ニューヨークへ出て急速に有名に。1962年にはデビュー・アルバム『ボブ・ディラン』をリリース。そして、同年その名を世界中に知らしめることになる名作「風に吹かれて」(「アヒルと鴨のコインロッカー」主題歌)を作曲。翌63年の『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』、64年発表『時代は変る』の2作品で、当時の時代を背景に、プロテスト・フォークのプリンスとして圧倒的な支持を得るようになる。
●フォークからロックへ
1965年に発表した『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、『追憶のハイウェイ61』では、ロックサウンドをバックにした新しいスタイルで全米中に大きな論争を巻き起す。中でも『追憶の〜』1曲目に収録された「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、2004年米ローリング・ストーン誌でNo.1ロック・ソングに選ばれるほどの名曲。特に1965年7月25日のニューポート・フォーク・フェスティヴァルで演奏されたパフォーマンスは、今や伝説に。エレクトリック・セットで現れたディランを罵倒するオーディエンスと、ボブ・ディランとのバトルは、マーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」(パラマウントよりDVDでリリース)で観ることが出来る。
●突然の活動停止〜そして復活!
1966年にはフォークロック時代の金字塔『ブロンド・オン・ブロンド』を発表。4年間に7枚のアルバムというハイペースで突っ走ってきたボブ・ディランは、ここでモーターバイク事故のため活動停止。事故後はほとんど人前に現れなくなり、カントリー・ロックやカバー曲集といったアルバムをいくつかリリースするのみ。ところが1973年、サム・ペキンパー監督の映画「ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯」で見事復活!初めて手がけたサウンド・トラックには、エリック・クラプトンやカンズ・アンド・ローゼズのカバーでも有名な「天国への扉」など収録。翌74年の『プラネット・ウェイヴズ』が初の全米No.1に輝き、さらに75年に発表した最高傑作『血の轍』と共に2作連続で全米No.1を記録。
●伝説のLIVEツアー
1975年にはボブ・ディランのライヴ活動のなかで、もっとも異色なツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」がスタート。ショービジネス化したロックミュージックへの反発から、顔を白く塗ったり、マスクをつけた姿でステージに立ったボブ・ディランは、予告宣伝をほとんど行なわない、小さな会場を中心に真の音楽ファンを対象にするツアーを敢行。このツアースタイルこそが、1988年にスタートし、今日まだ続いている「ネヴァー・エンディング・ツアー」の原型ともいえる。さらに2006年には通算44枚目、前作『ラヴ&セフト』以来5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『モダン・タイムス』をリリース、第49回グラミー賞で2部門を受賞。
さらに詳しい年表はこちらで
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/BobDylan/history/

今年5月24日66歳の誕生日に、1965年の英国ツアーの模様を追いかけたドキュメンタリー・フィルム『DONT LOOK BACK / ドント・ルック・バック』が、映画公開40周年を記念したDVDデラックス・エディションでリリースされる。
『ドント・ルック・バック 〜デラックス・エディション〜』
[2DVD+BOOK]<完全生産限定盤> MHBP-95 2007/5/24発売
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