<12月26日>2010年を振り返って
2010年の地震・津波などの災害としては、1月12日に発生したハイチ地震 M7.0、犠牲者20万人以上の大災害。
1月17日は阪神淡路大震災から15年が経ちました。経験や教訓の継承が課題に。
2月27日にチリ中部地震M8.8および津波が発生し、チリ国内で500名以上の犠牲者がでました。日本では幸い水産関係を除いて大きな被害は出なかったのですが、避難に課題が残されました。
4月14日 M7.1中国・青海地震 2008年 四川地震の西側 2000名以上の犠牲者が。
一方、減災の取組としては、1月から3月には、NHKスペシャル「MEGAQUAKE 巨大地震」が放送されました。破滅的な被害をもたらす巨大地震=メガクエイクの実態を解き明かす過程を紹介しました。最終話は、ドラマ仕立てで、高知などでの巨大津波の来襲予測シミュレーションが紹介されました。
4月にはITFSの国際会議を仙台(東北大学)で開催し、国内外から150名以上の参加をいただきました。
10月25日M7.6 インドネシアムンタワイ地震津波が発生、1000名以上の犠牲者が出ました。津波地震であったこと、また避難体制にも課題が指摘されました。
減災の取組としては、6月気仙沼市立津谷小学校での出前講座(地震・津波のしくみとサバ・メシ)。
9月 第5回 サバメシコンテストを開催いたしました。
10月 スリランカでサバメシを実践、好評でした。
11月には、津波研究やサバメシを含む活動で「気象文化大賞金賞」を受賞いたしました。

<12月19日>史料に残された痕跡情報・データベースについて
我が国には多くの史料が残されており、その中で地震や津波などの記述があります。
古くは、西暦684年(天武13年)白鳳地震の津波についての記述があります。
さらには、869年(貞観11年)に、多賀城付近を襲った大津波の記述が、三代実録という古文書に残されています。
このような史料から具体的な地震や津波の規模を推定することも可能であり、繰り返しの規模や将来の予測にとって大変貴重なものです。
ただし、記載情報が少なかったり信憑性が低いものがあり、その利用には注意が必要になります。
そこで、東北大学では、原子力安全基盤機構からの受託を受けて「津波痕跡データベース」を作成しています。
1600年代から現在にいたる国内の津波約200事例に対して、2万件の痕跡情報 をコンピュータ上に入力しています。
1890年我が国に初めて検潮記録が設置され、それ以降、文書の記述だけでなく、観測や高精度の測定が行われています。そこで、1890年以前を「歴史津波」と呼んでいます。2万件のデータの内、歴史津波は2800件であり、割合は少ないですが、大変貴重なものとなっています。
昔の記載や調査方法には、様々な検討が必要です。1つは、文献の信頼性であり、オリジナルのものか、公文書や私文書か、編纂したものか、偽書であるか、などの判断をしています。2つは、痕跡情報に関するもので、津波としての信憑性、位置情報の正確さ、測定誤差の程度などを基準に、AからDの判定をしています。さらに、データは、現在の電子地図に表示されたり、元の文献をPDFファイルで閲覧できるようになります。これにより、利用し易くなると期待されています。

<12月12日>東海さん一家の防災日記
静岡新聞で2002年4月から12月まで連載していた「東海さん一家の防災日記」
>>詳しくはこちら

その中から、「仮想地震篇」の避難場所での状況を紹介します。
奥山さん一家が避難した小学校では、なかなか統制が取れずにいた。体育館に入れず、グラウンドに向かった人たちは、思い思いの場所に自分たちのスペースを構えた。「自主防災組織単位で集まって、行動してください」と町の職員が呼び掛けたが、現場を仕切る自主防の役員の姿も見えず、避難者名簿の作成も行われないまま。不在の人の安否確認もできない状況だった。そのうち、車で避難してきてそのままグラウンドの一角に乗り入れ、車内で避難生活を決め込もうという人もあらわれ、その数も何台かに増えた。また、体の弱いお年寄りや乳幼児、妊婦ら弱者を職員が耐震性のある教室棟内へと誘導したものの、しばらくすると一般の避難者も入り込むなど、ルール無視の行動が相次ぎ、職員は頭を抱えた。
一方、海辺の伊東さん一家の避難地は、自主防と学校、行政でつくる運営本部が機能して、秩序ある避難生活が滑り出した。炊き出しなどに当たる係や、ごみ、水などの管理を行う係、防犯や治安を担当する係など、活動ごとに班を設け、避難者全員が役割を分担。「お互いに協力して、地震に備え、乗り切ろう」と役員が訴え、皆が力強くうなずいた。
この防災日記から学ぶべきことは、町内会などで、被災したときの避難所生活などについても、事前に話し合い、ルール作りをしておくことがいかに大切かということです。

<12月5日>ムンタワイ諸島での地震・津波の避難実態について
先日,日本の港湾空港研などの専門家が現地調査を実施し,報告された内容について紹介します。今回の特徴として,津波地震であったこと、小さな揺れだったにもかかわらず、島の西側へ地震発生後わずか14分で来襲
建物の3階に移動して助かった例もありました。避難先として高台や斜面があれば助かった可能性がありました。
(1)避難成功例
マラコパでは、1.4~5.5mの浸水深を生じさせた津波が襲ったが、死亡率はゼロでした。これは津波の来襲に先立って「ゴー」という津波の来襲音を聞いた人が、「津波だ」と叫びながら集落の中を通って集落背後の丘陵地に逃げたため、ほかの人の避難を促したことによります。
(2)2007年ブンクル地震の経験の悪影響
2007年ブンクル地震は M8.5と今回の地震よりも規模が大きく揺れが強かったが、ムンタワイ諸島にはほとんど津波は来襲しませんでした。
2007年のブンクル地震よりも揺れが小さかったために、ほぼ全員が津波が来るとは思わなかったという、過去の経験があだになった形となりました。
(3)正しい避難経路とは
ムンタイバルバルでは、津波は海と川との両方から来襲しました。
海からの来襲に驚いた人々は海から離れて奥に逃げようとしたが、逆に川から遡上した津波により橋が破壊され、その周辺で100名近くの人が流されるという被害が発生したようです。

<11月28日>地震と火山
先月10月末、インドネシアでは、地震・津波が発生し、その前後に、ジャワ島ではメラピ火山が噴火し、大変な被害をもたらしました。現在もその影響が続いています。前者は、スマトラ中部沖のMw7.8と言われるプレート間地震、後者は約1500km離れたジャワ島 中部での火山噴火です。両者に直接的な関連があるかどうかは、現在の所、わかっていません。しかし、地球の内部、特に、プレート境界という共通の場所ですので、連動する場合もあるようです。
本日は、我が国で起こった事例を紹介します。これは静岡大学の小山真人教授の研究成果から明らかになったものです。江戸時代1707年に富士山宝永噴火(12月15日頃から)と東海から南海までの巨大地震(宝永地震10月28日、M8.6と言われる)が起こりました。宝永噴火は、同じ年に起きた宝永東海地震のわずか49日後に始まりました。
古文書などの記録により、宝永東海地震の発生前後から富士山の山中で火山性とみられる小地震が起き始め、やがてその一部がふもとの村で鳴動として感じられたそうです。そして、噴火の前日午後から激しい群発地震が起き始め、翌日の噴火開始に至ったということです。こうした経過から、1707年の事例においては東海地震と富士山噴火が、何らかの力学的因果関係によって連動した可能性があります。しかしながら、宝永地震に先立つ1703年元禄関東地震の直後にも富士山から鳴動が聞こえたとする記録が残されていますが、このとき富士山は噴火にまでは至りませんでした。さらには、1854年安政東海地震や1923年大正関東地震を始め、富士山の近くで起きる大地震が富士山の火山活動に何らかの変化を与えたと疑われる例がいくつかありますが、宝永東海地震のように確実に富士山噴火と連動したと言いきれるものは見つかっていません。地震と火山噴火の因果関係の証明には、更なる分析が必要です。

<11月21日>スリランカでのサバメシ
昨年度から草の根技術協力事業として、スリランカでの防災プロジェクトを展開しています。スリランカでは、いまだに大災害から十分に復興できない地域もあり、いまでも地滑りや洪水など様々な自然災害が繰り返し発生し被害が出ています。
昨年は、モロツア大学の2名の若手教員に来日していただき、地震・津波の防災技術・啓発・文化を学ぶとともに、地域での実践事例を通じて交流を深めてもらいました。
さらに、今年は10月23日から1週間の日程でスリランカを訪問しました。メンバーは、東北大学から防災士会の副支部長である保田さん、宮城県危機対策課から塚原さん、千葉工業大(東北大学客員准教授)である後藤さんの4名で、主に、コロンボ(モロツワ大学)ゴール被災地とキャンディ・ペラデニア大学の2箇所を訪問しました。講義やワークショップを行い、そこで、2つのサバメシを紹介しました。サバメシ炊きと地元のスーパーで入手した地元の食材を使ったスリランカならではのサバメシ・レシピでたいへん好評でした。なお、ワークショップでの質疑応答では、日本ではどのくらいの頻度で防災訓練や啓発を行っているのか?地震や津波などの避難情報はどのように伝達され、住民に伝わるのか?金持ちも避難場所に行けるのか?また、各国の支援により、金持ちになることがあるのか?防潮林などのガイドラインはあるのか?など、たくさんの質問がでました。

<11月14日>インドネシア・パダン市での復興
先週は、スマトラ島地震・津波のお話をしました。2009年9月30日にパダン市でプレート内地震M7.6があり、千名以上の犠牲者が出ました。高層ビルの崩壊や、周辺地域での地滑りにより被害が拡大しました。ちょうど1年後にあたる9月25日から10月1日、現地に調査等に行って参りました。
調査目的:
1)パダンでの地震・津波対策の現状把握(ハザードマップ整備状況)
2)各機関との連携協議
3)パダン地震1周 年記念式典・追悼記念式典の企画と協力
復興状況:公的建物やホテルを中心に半分も復興していません。
次への備えとして:
JICA学校耐震化プロジェクトへの支援案
SMPN7、SMPN25 in Padang小学校の建設現場を視察。
11箇所の学校建物を耐震化する。CBDRM(Community Based Disaster Risk Management)、ここでの主な目的は;
非常時での防災拠点の安全レベルを上げる(防災拠点を地域で1つは欲しい)
学校の耐震化が地域にとっても参考になる(デモンストレーション、普及への支援)
学校が防災教育や地域防災啓発の拠点になる(防災訓練の場としても位置づけられる)。
TEREP(津波避難公園候補地)の検討について
いま、約11箇所(学校、地域、個人、公共)の候補地を選定中。基準は、広さ、沿岸からの距離、地盤高、地盤構造、アクセス、所有権、などが選定のポイント。来年2月または3月に、ワークショップを開催したい。その時に、3候補地に絞り、コンセプションデザインを作成する予定です。その後、少なくとも1箇所について、SwissReから支援を得て、建設への実施を目指したいと思います。また、「フラワー・プロジェクト」として、記念式典で六千本のメッセージフラワーをかざって防災対策の促進を呼び掛けました。

<11月7日>インドネシア・スマトラ島ムンタワイ諸島での地震・津波
インドネシア西スマトラ州沖で10月25日夜(現地時間で午後9時42分頃)に地震が発生した。これに伴い津波が発生し多大な被害が出ています。現在まで、行方不明者も多数おり、500名以上が犠牲になる可能性があります。特に、ムンタワイ諸島の北パガイ島、南パガイ島、シポラの3島で被害が大きく、この地域は、インド・オーストラリアプレートが、ユーラシア大陸プレートの下に沈み込む境界であり、過去に、地震・津波が多発しています。特に、2004年スマトラ沖地震以降、毎年のように発生している地域です。これらの多くは震源が比較的浅く、津波を伴うことが特徴で、今回の震源も深さ約20キロと浅い地震でした。西スマトラ州パダン市の沖合には、まだエネルギーが放出されていない地震の空白域が残っており、我が国でも防災対策の支援を行っています。
今回の地震は、逆断層型であり、5m以上の断層のすべり量があったものと我々(東北大学)は解析をしています。また、長さは90キロ、幅48キロにわたっての断層が動いたと推定しています。今回の断層破壊はゆっくりとしており、地震の規模に比べて、津波が大きい、「津波地震」または「スロー地震」の可能性も指摘されています。また、大変浅い地震で、滑り込み帯の中で、海底の堆積物がたまった地帯(付加帯)であり、地盤が軟らかい可能性があります。
1)なぜ、300名以上の犠牲者が出たか?(夕方9時頃発生)
地震発生後の津波来襲時間が早かった?低地へのかなりの浸水があった。
島周辺で津波が増幅した?
2)ドイツなどの設置したDARTシステムは稼働したのか?
3)以前から指摘されている地震空白域でどの程度今回の地震で開放されているのか?
4)今後、この地域でどのような地震・津波の対策をすべきなのか?
などのリサーチが必要です。

<10月31日>福島県中通りの地震
1ヶ月前の、9月29日午後5時頃、M5.7地震がありました。場所は、福島県天栄村(てんめい)湯本地区などを中心に被害がありました。周辺の郡山市や白河市などで震度4を観測しました。同県のほか、茨城県や新潟県、栃木県で震度3を記録したほか、東北から関東にかけての広い範囲で震度2~1の揺れが観測されました。この付近では、過去、1943年8月12日M6.2の地震が発生しています。
この時、気象庁は東北、関東、北陸、甲信の14都県に緊急地震速報を出しました。この緊急地震速報は、最大予測震度5弱以上の場合に、震度4以上を予測した地域に出されます。しかし実際は、この地震で震度5弱以上を観測した地点はなく、震度4を観測したのも福島県内だけでした。
最近の調査で、震源付近では建物被害や道路に亀裂など有り、震度5弱相当であったようです。しかし、関東では推定震度4でしたが、実際は震度1-2と言うことで、誤差が非常に大きい結果になりました。緊急地震速報により推定では、マグニチュードの他に震源の深さ推定の精度が重要であり、実際より深い評価であったようです。

<10月24日>スリランカにおける自主防災活動の実践
国際技術支援の一環として、宮城県と協力し、2004年スマトラ沖地震インド洋津波以降、インド洋の被災地域から若手研究者や行政官を招聘し、我が国での地震・津波対策の研修や共同研究を実施してきました。その発展として、昨年度から草の根技術協力事業として、草の根技術支援プロジェクトを展開しております。
スリランカでは、いまだに大災害から十分に復興できない地域もあり、いまでも地滑りや洪水など様々な自然災害が繰り返し発生し被害を出しております。このような状況下でも、知識やリスク評価の成果が社会に還元されて居らず、行政、住民、専門家の連携した実践的な活動も限定されております。
そこで、その枠組みを支援させていただきたいと活動を始めました。
昨年は、モロツア大学の若手教員(NalinさんとRanjithさん)に来日して頂き、地震・津波の防災技術・啓発・文化を学ぶと伴に、地域での実践事例を通じて、交流を深めて貰いました。今年3月には、コロンボ市内で地域減災の為のワークショップを開催し、90名以上の参加を頂きました。さらに、今年は、本日から1週間の予定でスリランカを訪問します。
コロンボ、ゴール、キャンディなど、大学での講義、被災地訪問、住民の方々とワークショップ、キャンディではサバメシを行う予定です。

<10月17日>10月17日 e防災マップコンテスト
新しい防災活動とそのコンテストの紹介です。現在、地震・津波、火山、洪水など各地で防災マップが作成されています。啓発やいざという時の対応・避難に役立てています。
しかし、課題も多くあります。作成率が低いこと、住民の皆さんへの認知が高くないこと、過去の経験など新しい情報を追加しそれを共有化することがむずかしいことなどです。
そこで、今年、つくばにあります防災科学技術研究所が提案し、e防災マップの活動が始まり、先日第一回のコンテストが開催されました。
「e防災マップ」はインターネットの地図システムです。手軽に、防災マップを作成できます。追加機能、編集機能も充実し、地域の航空写真や地形図、ハザードマップなどが利用できます。携帯電話を用いてまちあるきをしながら、地域の危険な箇所や過去の被災体験、防災に役立つ地域 資源などの情報を集めてe防災マップに登録することができます。
この度、全国対象のコンテストが開催され、80以上の応募があり、40件の審査を経て、優秀作品が選ばれました。
■最優秀賞 五日市場町内会 一宮市丹陽町五日市場
水害対策の防災マップとして対策に必要な具体的な情 報がしっかりと表現されている。
■優秀賞/審査委員特別賞 We Love Sengen 茨城県つくば市千現一丁目
活動記録からは、収集した情報量が豊富であること
小学生の夏休みの自由課題を兼ねてマップづくりに取り組むなど、地域の親子の協力を引き出している。
■優秀賞 みしまライトアップ実行委員会 新潟県長岡市三島地域脇野町町内
地域おこし、村おこしのイベントの実行委員会が、お祭りの安全管理や事故防止にも活用できるという視点を示した点が評価できる。
詳しくは、こちらをご覧下さい。

<10月10日>防災キャンプ
今年8月末に、防災 キャンプを実施しました。津波工学研究室で昨年から企画し、2年目になります。
昨年は、国立花山青少年自然の家 南蔵王野営場 で実施し、小川を利用した津波体験、サバ・メシ作り、津波の現地調査方法・測量などを学びました。
今年は、福島県浪江町にあるマリンパーク「なみえ」で行いました。ここは、プラネタリウムや展望レストラン等を擁する本館コスモパレスを中心に、全天候型テニスコート・バーベキュー棟・自転車広場といった施設も充実していて、子供から大人まで楽しむことが出来ます。また、コテージや運動広場(全面芝張)も備えており、各種合宿等にも最適です。
そこでの今回の活動は以下の通りです。
― 波打ち際での歩行:歩行速度が1/5に低下する。
― サバメシ炊き
― 救急法実技:三角巾を使った、救急法
― 菅原さんによる講義:貞観津波の堆積物が、浪江周辺に確認されている(標高4mまで)
― 初めての場所での避難訓練:地域で避難ルートを確認すると様々見えてきます。

<9月26日>サモア・パダン地震
昨年9月30日朝、南太平洋の島国サモア沖でM8.3の地震が発生し、同時に生じた津波によって多数の犠牲者を含む、大きな被害が出ました。津波も発生し、サモアの首都アピアでは140cmの津波を観測しました。サモアと米領サモアおよびトンガでの死者の合計が140人に達し、70の村落が壊滅し、余震が10回以上にのぼりました。
奇しくも、同日、午後7時16分毎、インドネシア・パダン沿岸付近でM7.6の地震が発生しました。沿岸部に近い地震であったので、強い揺れによる建物倒壊が多数発生し、同様に大きな被害を出しました。両者に関係はないが、同じインド-オーストラリアプレートの境界(沈み込み帯)付近での地震です。
パダン市内および周辺で犠牲者は千名以上になります。市内での3階程度のコンクリート建物の被害が大きいです。北に行くにつれて、住宅被害や地滑りが起きているようです。地震発生は、現地で夕方5時であり、勤務や学校での授業は終了した時点でした。もし、発生時間が早ければ、非常に犠牲者が増えたと思われます。当日、地震発生後、5分程度で、地震情報と津波に関する注意がBMGKから流される(主にラジオ)20分後には、津波の発生可能性はないと発表(震源が深いため)。ただし、市内では、津波避難(車が多かった)の歳に、渋滞が報告されております。
さらに、津波避難ビルに指定される予定のビルで、約50%が地震の揺れにより大きな被害を受けています。

<9月19日>
『2010サバ・メシ*コンテスト』入賞者とレシピを紹介。
入賞者の皆様には、9/23の公開最終審査会に臨んでいただきます。

<9月12日>惑星探査機はやぶさと隕石による津波について
今年6月、惑星探査機はやぶさが、見事に帰還し、注目を浴びました。
小惑星探査機「はやぶさ」カプセル展示場(相模原市立博物館、筑波宇宙センター、丸の内オアゾで開催)では、来場者10万人を突破したそうです。
「はやぶさ」が探査する対象は、地球の軌道と似た軌道を持ち、日本のロケット開発の父である故 糸川英夫博士にちなんで「ITOKAWA(イトカワ)」と名付けられた小惑星です。
7年前の2003年5月9日に打ち上げられ、約2年かけて2005年9月に小惑星イトカワに到着しました。
イトカワを周回して観測した後、2005年11月にイトカワへの着陸を行い、12月にはやぶさとの更新が途絶えました。
その後、翌年の1月に交信が再開し2007年10月に地球への帰還の準備ができました。
約3年を経て、無事地球に帰還できたということになります。
さて、この小惑星イトカワは1億年以内に地球に衝突する可能があると推測されています。
実際、6500万年前の白亜紀末期に半径10kmもの巨大な小惑星が地球に衝突し、恐竜などの大型生物が絶滅したと考えられています。
我々の解析によれば、当時、最大で300mもの高さの津波が北米(いまのメキシコ湾沿岸)に来襲したであろうことを推定しています。
極低頻度の事象ですが、惑星探査機はやぶさと関連して紹介致しました。

<9月5日>災害時の避難に関する検討(専門調査会)
国の中に、中央防災会議(会長は内閣総理大臣)が設置されています。
災害対策基本法に基づいて設置された重要政策に関する会議になります。
防災基本計画」、「地域防災計画」の作成及びその実施の推進、さらには、非常災害の際の緊急措置に関する計画の作成もあります。
その下には、専門調査会があります。
調査審議中の専門調査会
●災害教訓の継承に関する専門調査会
●大規模水害対策に関する専門調査会
調査が終了した専門調査会
●防災情報の共有化に関する専門調査会
●首都直下地震対策専門調査会
●日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会
など12がありました。先日の8月26日に、もう1つの調査会として、災害時の避難避難に関する調査会が発足されました。
その背景としては、平成21年などの中 国・九州北部豪雨(35名犠牲)、台風9号(27名犠牲)、などで人的被害を出しました。
今年2月にはチリ中部地震による津波が発生し、150万人規模の避難勧告・指示が出されました。
そこでは、災害情報の伝達、避難のあり方、土砂・中小河川氾濫、遠地津波への対応などが課題として出されました。
これを踏まえて:
避難の考え方の明確化(避難とは?勧告・指示の発令基準)
避難所のあり方(適切な場所、災害時要援護者対策)
避難情報発令のための体制(対応職員の災害対応能力の向上)
防災・災害情報のあり方(分かりやすい防災・災害情報、情報の伝達手段)

<8月29日>防災の日―関東大震災(南関東地震)
関係のある記念碑や記念会館を紹介します。
(1)関東大震災の記念塔(像)
像の作者は、長崎市の「平和記念像」で有名な北村西望(きたむら せいぼう)氏で、昭和6年に製作し、帝国美術院第12回美術展覧会に出品です。
兜を装った青年が獅子を従え炬火(たいまつ)を棒げています。
また、台座正面の銘板には「不意の地震に不断の用意」の言葉が記されている。
朝日新聞が全国から一般公募して選んだものであり、この惨事を二度と繰り返さぬよう注意を喚起している。
(2)東京両国・震災復興記念館(関東大震災)
関東大震災(大正大震災)の被害品や資料が展示されています。
本所被服廠跡である?両国駅近くの横網町公園内にあります。
館内には震災の記念遺品、当時の状況を伝える絵画、写真、報道記事、図表などが展示されています。
また復興記念会館の開設にあわせ、帝都復旧のジオラマなどを開設当事の姿で展示しています。
外国が「日本復興基金」など?震災復興支援のための資金集め、?医療機器、衣料品のみならず、調理器具まで支援してくれました。復旧・復興の原動力になったと思います。
同じ公園内にある東京都慰霊堂(旧震災記念堂)があります。
(3)慰霊碑
横浜には、慰霊碑が建っています。
交通手段:みなとみらい線「日本大通り駅」約1分。横浜地方裁判所前に建ってます。

<8月22日>関東大震災
1923年9月1日午前11時58分32秒に発生。
神奈川県相模湾北西沖80kmを震源として発生したマグニチュード7.9、海溝型の大地震(関東地震)による災害でした。
死者・行方不明者:14万2800人
負傷者:10万3733人
避難人数:190万人以上
住家全壊:12万8266戸
これは震災から2年後にまとめられた「震災予防調査会報告」に基づいた数値であったが、近年になり武村雅之らの調べによって、重複して数えられているデータがかなり多い可能性が指摘され、その説が学界にも定着したため、2006年度版から修正されることになりました。
武村さんは東北大学理学研究科博士修了(地球物理専攻)され、現在、鹿島建設技術研究所での研究者です。この関東大震災や地震動と地盤など、多くの優れた研究をされています。
彼の著書(関東大震災―大東京圏の揺れを知る)から、いくつか紹介しましょう。
1つは、大きな犠牲は火災です。
この地震によって東京・神奈川・千葉を中心とした地域は大きな被害を受け、死者10万人余りという日本の歴史上最大の犠牲者を出しました。折からの強風により東京の下町はほぼ全焼し、死者の約9割が火災による犠牲者でした。
さらに、地滑りや津波でも犠牲者多数でました。
2つめは、たて続けに三回揺れた東京1回ではなく三回、本震にも勝る2回目の地震、双子地震であった?余震も大変多かったようです。
3つめは、旧東京市での震度分布を詳細に推定。
地震の揺れだけでなく、被害の様子までも丁寧に調べ、揺れによる被害はかつての川や海だったために地盤の弱い場所に集中して居ることを明らかにしました。

<8月15日>駿河沖地震、2005宮城県沖地震
8月に起こった最近の地震を紹介します。
まず、昨年8月11日05時07分頃に駿河湾の深さ約25kmでマグニチュード(M)6.5(暫定)の地震が発生しました。
この地震により静岡県で最大震度6弱を観測し、被害を伴いました。
緊急地震速報も発表されたようです。ただし、直下の地震ですので、限られた猶予時間でした。
今回の地震は、想定東海地震の想定震源域の近くで発生しているが、フィリピン海プレート内で発生した地震であり、想定東海地震とは異なるメカニズムで発生した地震です。
高速道路での斜面崩壊で多大な影響を出しました。
牧之原SA付近の上り線191.6KPで約40mで崩落、5日間片側が通行できませんでした。
また、御前崎市で0.4mなど、静岡県の太平洋沿岸で津波を観測しました。
次に、紹介したいのが、平成17年(2005年)8月16日 午前11時46分の地震です。宮城県沖(北緯38.1度、東経142.4度、約42km)で発生しました。
M(マグニチュード)7。2であり、震度6弱 川崎町 震度5強 仙台市・石巻市・他
津波 最大40cm(志津川港)も発生しました。
被害の特徴としては、泉区室内プールの天井の落下(非構造部材、内装部材)がありました。負傷 者20名にも及ぶました。

<8月8日>みやぎ安全教育推進プログラム
宮城県における新しい取組を紹介いたします。犯罪、事故、災害が多発する現在、子どもたちの安全を確保し、安心して生活できる環境を整備することは教育行政の責務でもあります。
また、将来、地域社会を担う一員として社会の安全に貢献できる人材(県民)を育成することが、次世代の子どもたちの安全確保にもつながります。
最近の背景として、【学校保健安全法 H21,4,1施行】第27条(学校安全計画の策定等)
学校においては、児童生徒等の安全の確保を図るため、・・・(中略)・・・安全に関する事項について計画を策定し、これを実施しなければならない、とあります。
県内においては、
◎防災教育指導者養成研修会(県内7カ所で開催)
みやぎ防災教育基本指針に基づく防災教育充実のため,各学校における指導者を養成しています。
これに、【交通安全】、【生活安全】が加わり、展開をしていきます。
◎スクールガード養成講習会(希望する市町村で開催)
今後は、2年間の予定で、「みやぎ安全教育推進プログラム」・「総合的な安全教育プログラム」の作成などが検討されています。

<8月1日>夏休みの宿題(自由研究)
各学校では、夏休みに入っていると思います。
東北大学では、数年前から、8月に試験・集中講義を行ってから休みに入りますので、現在佳境です。
さて、夏休みと言えば、宿題がつきものです。昔は、多くの教科でドリルなどがあり、四苦八苦したいと思います。最近は、自由課題などが中心であると聞いています。この自由課題・研究に役立つ話題をしたいと思います。
防災に関係した内容になります。大きく、野外と室内に分けられると思います。野外では、安全・防災町歩きマップ(コンテスト)=>それを防災新聞にする。室内においては、サバ・メシ、さらには、防災カルタ、中高校向けですが、防災ラジオドラマもあります。今年第一回のコンテストもあります。脚本部門とラジオドラマ部門です。

防災教育チャレンジプラン: 防災事例集、参加団体(地域別、学校別)
>>詳しくはこちら

<7月25日>墓石と地震動
震度は計測震度計により観測されており、気象庁の震度観測点は全国各地に約600地点あります。
震度は、あくまでも震度計の置かれている地点の値です。
また、同じ市町村内でも場所によって震度は異なることもあります。
その中、震度計の置かれていない地区や集落の震度を推定する方法はないでしょうか?
実は、いま、墓石に注目があります。
地震が発生した後、各地での墓石の転倒状況が調べられています。
一般に地区や集落に1つくらいは墓地があるので、震度計の置かれていない地区や集落の震度を推定するのに都合がよいのです。
気象庁震度階級関連解説表でも、震度5強の屋外で観察される現象・被害として、「多くの墓石が倒れる」とあるのです。
物体の転倒の力学は複雑ですが、移動、転倒、飛び石に大きく分類できます。
また、墓地にある墓石の数は相当に多いので、統計的な処理によって、地震動の強さの推定が出来るのです。
なお、いまは転倒しないようにも工夫さえています。耐震構造墓石になります。
また、同様に石造鳥居の被害から?地震動を推定することも研究されています。

<7月18日>小学校での出前講座
場所:気仙沼市立津谷小学校(気仙沼市立本吉町津谷松岡126)
開催日時:2010年6月29日(火)10:40~12:20

「地震・津波のしくみとサバ・メシ」
場所は体育館です。
講座の内容は、地震及び津波発生の仕組み、津波の規模、破壊力(人や建築物への衝撃力)津波警報の内容、津波への対応、避難所などです。
終了後に、質問も頂きました:
なぜ地震の多いところと少ないところがあるのか?
どうして、大きい地震と小さい地震が生まれるのか?
世界で最も大きな津波は?
津波によって、海の中の魚はどうなるのか?
2時間後は、体験講座です。
1つは。津波はかせ
-目の前で津波を発生・伝播を再現!
-実際に見られる!
2つめは、サバ(サバイバル)飯の炊き方
-自分で工夫(非常時に)
-美味しいご飯が炊ける

<7月11日>中越沖地震
発生して3年が経ちました。
2007年(平成19年)7月16日、新潟県中越沖で地震がありました。
M6.8であり、能登半島地震や、2004年中越地震に引き続く内陸型地震です。
宮城県内でも震度2、3の揺れを感じました。
中越沖地震は地殻が押されて生じる逆断層型でした。
沿岸部も含む直下で起こった地震でしたので揺れも大きく6強を観測しました。
被害も、多数の犠牲者を出し、負傷者も1000人を超えました。
原子力施設での火災や水漏れも問題となりました。
同地震によって誘発されたものではない。海岸線に平行な北東~南西方向の長さ約30キロ、陸側に下がるように傾斜した断層で、陸側が海側に乗り上げるようにずれました。
政府の地震調査委員会は17日、臨時会合を開き、日本海東縁部の「ひずみ集中帯」の一部が関係しているとの評価をまとめたました。
自動車関係工場の被災により、全国の自動車工場に大きな影響を出しました。この時に、企業のBCP「事業継続計画」の必要性が叫ばれました。

<7月4日>津波避難ビル
今年の2月のチリ沖地震の際には、津波避難率の低さや、その避難先(知人、近くの高台、ショッピングセンター)などが安全であったかが課題になりました。
津波からの避難では、直ちに高台等に逃げるのが原則です。
しかし、現実的には、高台までの避難に相当の時間を要する平野部や、背後に急峻な地形が迫る海岸集落等では、避難場所の確保が困難であるという問題があります。
こうした地域においては、避難地を確保する方策の一つとして、津波避難ビル等:堅固な中・高層建物を一時的な避難のための施設として利用する、あるいは人工構造物による高台を整備するなどが必要です。
少し、詳しく説明をしましょう:
津波避難ビルは、津波予想浸水区域の中にあるビルのうち、以下の基準を満たすものを選定しています。
鉄筋コンクリート造又は鉄骨鉄筋コンクリート造の3階建て以上の耐震性のある建築物(予想浸水高が低ければ2階建てでも可)日頃から鍵がかかっていない、常に警備員などがいる、屋上に通じる外階段があるなど、緊急時に利用できること、このほかにも、沿岸部に小高い丘を築いたり、裏山がほど近い地域では山に駆け上るための避難路や避難階段を整備して、津波に備えている地域もあります。
ただし、こうした津波避難施設は、あくまで突発地震発生時の緊急避難に用いるべきものです。

<6月27日>防災お役立ちネット
「サバ・メシ*コンテスト」を支援するIT企業 日立東日本ソリューションズが「IT技術を活かした防災意識の向上」を目的に2005年から開設しているのが、「防災お役立ちネット」。メイン・コンテンツの「室内危険度診断システム」は、自宅の間取りや家具の配置をパソコンに入力、サイト上で地震を発生させると、自宅内の危険なエリアや安全な避難経路が表示されるという仕組みで、2009年までの利用者は10万を越えている。他に「住家簡易被害診断ツール」もある。是非、アクセスしてみて下さい。
>> 防災お役立ちネット

<6月20日>13日昼過ぎの福島県沖地震
1週間前の13日午後0時32分ごろ、東北地方で地震があり、福島県相馬市と浪江町で震度5弱の揺れを観測しました。
この地震は太平洋プレートと陸のプレートの境界付近で発生した逆断層型地震です。
気象庁の観測によると、震源地は福島県沖で、震源の深さは約40キロ、地震の規模(マグニチュード)は6.2と推定されました。この地震による津波の心配はありませんでした。
現在、梅雨前ですが雨も多いですので、揺れの大きかった地域では、降雨による土砂災害に注意してほしいです。
仙台市消防局によると同市青葉区の広瀬川沿いのがけが高さ7メートル、幅5メートルにわたって崩れているのを通行人が発見しました。
JR東日本によると東北新幹線は約10分間、小山-一ノ関間で運転を見合わせ、上下15本に遅れが出ました。
今回の地震では、最大震度が5弱と緊急地震速報(警報)の対象でしたが、最大予測震度を4と低くみたため、警報は発表されませんでした。
2007年10月の運用開始以降、5弱以上の地震は今回で15回目で、予測が過小で速報が出なかったのは6回目になります
県内では、2008年6月岩手・宮城内陸地震、7月岩手県沿岸地震の2回発表しています。

<6月6日>津波浸水域データベースについて
改めて、このデータベースについて説明致します。
我が国の津波警報システムは、日本近海に1,500箇所の地震断層を仮定した津波数値解析を実施した結果として、約4万件のデータが格納されたデータベースシステムとなっています。
1999年(平成11年)4月から開始されています。
日本近海のどこで地震が発生しても、地震発生直後に日本全国を対象とした予報を行っています。
いまでは、緊急地震速報を利用して、地震発生から2分程度で津波警報が出されるようになりました。
津波警報システムが運用された後には、迅速な予報(情報発信)が行われており、速やかな避難や行政機関による初動対応に大いに役立っています。
しかし、津波高さは、沿岸域での値であり、我々の住んでいる内陸のどこまで来襲するのかを示すものではありません。
そこで、東北大学では、東北整備局からの依頼を受けて、浸水域を予測できるデータベースの開発を始めまして、昨年度末、その結果の一部(気仙沼市周辺)が出来ました。
本来、陸上遡上を含めた津波数値解析には多くの時間が必要であること、確実な津波情報がないと精度を保証できないとの課題がありました。
これに対して、浸水シミュレーションを入れたデータベースを作り、しかも、GPS波浪計のデータと連動させて、正確性を増しました。

<5月30日>地震計について
本日は、地震の測定について紹介します。
本来、地震計は、地震の際の揺れを計測する機器ですので、震度(揺れの程度)計と同じと思われるかと思います。
震度計は、地震計の1つになります。
地震計は、幅広く、地面の動きを計ります。
この動きは、いくつ種類があります。これは、変位、速度、加速度になります。
実際に、地震による変位は、現在、GPS測位計により高精度に計れますが、いまでも数が限られています。昔は存在しませんでした。
最も一般的な地震の動きとしては、実は、加速度になります。
これは、短い振り子を使い、地面と振り子の先の錘(おもり)との相対的な変化を調べるからです。
振り子のように地面の揺れと異なる振動をするものと地面との間の相対運動を計ることによって、地面の動きを記録するためです。
速度を直接は計ろうとすると、粘性の流体が必要になり、複雑な装置が必要となります。
加速度は、GAL(がる)という単位で示され、地震の揺れの規模を表すのに最も用いられます。
世界初の地震計は130年ころに後漢(ごかん)(中国)の張衡がつくった地動儀といわれています。
近代的な地震計としては、19世紀の末に日本で作成したのが最初で、その後、より正確で感度の高い記録を求めて、日本や外国で改良が重ねられました。

<5月23日>1960年チリ沖地震津波から50年
1960年5月22日19時世界時間 日本時間で23日朝3時頃、チリ沖で巨大地震が発生。真木に中―度は9.5です。
1960年チリ地震は史上最大級の地震であり、その震源では長さ1000km、すべり量が10mを超える断層運動が生じたことになります。
チリ沿岸のような海洋プレートが陸地の下に沈み込む場所では、数百年間隔で発生することなどがわかってきています。
海溝で発生したプレート間地震であるために、海底に生じた地殻変動が津波の波源となり、巨大な地震が発生しました。
それによって発生した津波は、チリのコラールで8.5-10m, 太平洋全域に被害、ハワイ、米国西海岸でも被害。日本でも2-5mの場所があります。
一日かけて津波が伝幡し、5月24日の早朝、日本沿岸に来襲しました。
平均時速は時速700kmです。
当時、津波警報は出せなかったのです。
死者行方不明者は139名、岩手62名、宮城54名。志津川での被害が大きいものでした。

<5月16日>1968年十勝沖地震
5月16日午前9時48分に発生しました。
震源:北海道襟裳岬東南東沖120km(2003年十勝沖地震では50km程)
地震の規模:M7.9、最大震度:震度5地震の震源は、1994年に発生した三陸はるか沖地震の北東にあります。
被害としては2つの特徴があります。
まず、昭和30年代後半から建てられ始めた比較的新しい鉄筋コンクリート製の公共建築物の被害です。耐震性が十分にありませんでした。この地震を契機に、1971年には「建築基準法施行令」の改正及び「鉄筋コンクリート構造計算規準」の改定がなされています。
もう1つは、地盤災害です。青森県内の被害が大きかった地域では、前日まで3日間の総雨量が100~200mmに及んでいました。
そのため地盤の含水量の増加が原因とみられる地すべり・山崩れ・がけ崩れ等の崩壊が多発しました。
なお、津波も発生しました。その規模は三陸沿岸の一部で3~5mを記録しました。
建物浸水529棟、船舶沈没・流出127隻の被害が発生ました。
当時、干潮時だったことこと、また昭和三陸地震やチリ地震の津波を教訓とした施設整備等(防潮堤や防波堤)もあって、被害は最小限に留めたと言われています。
過去のこの地方の津波に比べて大きな特徴は、特に北部において翌日になっても波動が認められ、港によっては漁船が出港するのを見合わせるほどで、その波動現象が長期にわたったことでした。

<5月9日>地震と井戸
本日は、地震と井戸の話をしたいと思います。
まずは、前兆現象としての井戸水の水位変化があります。
例えば、昭和の南海地震の直前に、井戸水が減少したという報告があります。
調査をしたのは当時運輸省水路局というところです。
南海地震の前に地下水に何らかの異常が見られたのは、紀伊半島から四国の太平洋沿岸の15カ所でありました。
そのうち井戸水が低下したというのは11カ所、濁ったというのは3カ所、温泉の湧出量が減ったというのは1カ所で、全部で15カ所です。
特徴的なことはすべて減ったところばかりで、増えたところは一つもありません。
これは、相対的に、地殻が隆起したことと関係づけられていますが、前兆現象としての説明は、まだ十分ではありません。
最近は、水位だけでなく水温の変化も調べています。
次は、防災井戸の役割があります。
飲料水の他にも生活用水などの水として井戸水が見直されたました。
平成12年に仙台市は、大地震など災害発生時に井戸水を飲用以外の生活用水として周辺住民に提供する「災害応急用井戸ボランティア」の登録状況をまとめています。
井戸を所有する市民から130基の申し出があり、老朽化などで使えない井戸を除いた103基を登録してそうです。
各区別の登録数は、青葉43、宮城野、若林各23、太白10、泉四。市は申し出があった井戸を調査し、ごみがたまっていたり、住民が利用しにくい立地だったりしたものを除いて登録しております。
皆さんも、近くにある防災井戸を確認してみませんか?

<5月2日>中国・青海地震について
青海省玉樹チベット族自治州玉樹県で地震が発生しました。すでに、2週間以上経ちました。本日は、少し詳しく紹介したいと思います。
2010年4月14日7時49分(現地時間:13日23時49分 UTC)に地震の規模はマグニチュード7.1、震源の深さは約10kmと推定されています。
関連するプレート:インドプレートとユーラシアプレート(大陸プレート同士の衝突による)の境界に位置した横ずれ断層型です。
震源となった断層:は玉樹(ぎょくじゅ)断層です。この一部で地震が起きました。
この地域では中国のあるユーラシアプレートにインドプレートが衝突をしており、チベット高原全体にわたる広い領域で、この衝突による変形(地殻変動)が起きているのです。
この地域の歴史地震としては、1411年9月(M8)、1738年12月(M6.5)、1866年4月(M7.3)、1870年4月(M7.3)、1930年8月(M5.5)などがあげられます。
現在、死者・行方不明者2千名を超え、負傷者は約1万2000人に上っています。
家屋の被害も震源近くでは90%以上が倒壊していると報じられています。
電気関係や空港からの道路などインフラ設備にも大きな被害が出ました。

<4月25日>チリでの津波警報システムと住民の避難行動について
太平洋およびチリでの津波警報システムについて紹介します。
1960年チリ沖地震津波の多大な被害を契機に、太平洋津波警報センター(PTWC)が設立されました。
併せて、ICG/ITSUの事務局的性格を持ち、津波警報システムの改善の提案、研修や情報提供による各国の津波予報業務への支援を行うITIC(国際津波情報センター)も始まりました。
2007年のペルーの津波を契機にして、チリ、ペルー、エクアドル、コロンビアが、特に近地の津波に対する津波警報システムの見直しに入りました。各国に共通しているのは、津波警報機関は海軍であることです。地震観測は、大学或いは国の研究機関で行われています。各国とも2007年の津波を機に、地震観測機関との連携が不可欠であることを認識したしだいです。

<4月18日>国際津波field Symposium学会
チリ沖地震津波の現地調査
津波の遡上高さ、浸水域、侵食状況
津波来襲状況(住民からのヒアリング)
被害状況(新しい被害パターンはないか?強震動との相互作用は?漂流物被害は?)
警報と避難実態は?(いつ避難出来たのか?出来なかったのか?)
事前の対応(避難訓練や啓発)はどの程度やっていたのか?

1箇所目は、Dechato,Talucafuanoです。
2箇所目は、Concepcion,ここでは、地震動と津波によって大きな被害が出ました。28mの遡上、河川遡上数kmでも6mもの津波です。
3箇所目は、San Antonio,ここでは堤防件道路(7m程)の役割が重要でした。
被害のあった場所は、疎らで等間隔のようでした。

<4月11日>国際津波field Symposium学会
The 3rd International Tsunami Field Symposium(第3回国際津波シンポジウム)
2010年4月10-11日に、津波の国際シンポジウム(3rd International Tsunami Field Symposium)を開催します。
ドイツ、イタリアに続いて3回目の会議になります。この会議の特徴は、現場(沿岸)での巡検や見学会を重視することになります。
シンポジウム後には、仙台、三陸、沖縄(石垣島)での巡検を企画しております。
1960年チリ沖地震・津波の50周年に当たる今年、日本の地で、巨大地震・津波の科学、技術、防災・減災活動について、議論したいと思います。

<4月4日>1946年アリューシャン地震津波
1946年4月1日、アラスカ・アリューシャン列島沖を震源として、マグニチュード7.8の地震が発生しました。
この地震と津波による死者は165名以上です。
この時発生した津波は、地震発生から48分後、震源に面したUnimak島を襲いました。
当時、灯台も破壊したようです。
地震発生から約5時間後、津波はハワイ諸島を襲いました。
ハワイ全島での津波による犠牲者は159人です。
ハワイ島北東部のLaupahoehoeでは、5-10mの津波が来襲し、海岸に建てられていた学校の生徒・教師24人が亡くなったのです。
当日が、4月1日のエイプリル・フールであったことが悲劇につながったと言われています。
現在、この場所にはグラウンドが広がり。太平洋を望む丘に犠牲者の名を刻んだ石碑が建てられています。
この津波被害を受け、アメリカ合衆国は地震警戒システムをつくました。
この組織は、1949年に、Pacific Tsunami Warning Centerという名称になりました。センターの名に直接Tsunamiという語が使われたことから、Tsunamiはアメリカ合衆国において津波を意味する学術用語化し、その後、国際語化することにつながりました。

<3月28日>次世代スーパーコンピュータ戦略プログラム
事業仕分けで話題になりました。
今年の1月、文科省は、次世代スーパーコンピュータ(次世代スパコン)の計算機資源を必要とし、かつ、社会的・学術的に大きなブレークスルーが期待できる分野(戦略分野)ごとに次世代スパコンを用いた研究開発及び我が国の計算科学技術体制の整備を行う「次世代スーパーコンピュータ戦略プログラム」を実施しており、この度、その中心となって事業を進める戦略機関の活動に関する実施可能性調査(FS)を行う機関を決定しました。
(分野1)予測する生命科学・医療および創薬基盤
(分野2)新物質・エネルギーの創成
(分野3)防災・減災に資する地球変動予測
(分野4)次世代ものづくり
(分野5)物質と宇宙の起源と構造
防災・減災に資する地球変動予測において、防災・減災に資する地球変動予測分野における戦略拠点(課題別)の実施可能性調査が始まりました。
防災・減災に資する地球変動予測分野における戦略拠点(課題別)
-地震・津波・防災研究分野― 研究代表者 金田義行(JAMSTEC)
・地震動シミュレーション(火山分野も含む);課題責任者 古村孝志(東大)
・構造物・都市耐震シミュレーション;課題責任者:堀宗朗(東大)
・地震破壊・発生サイクルシミュレーション:堀高峰
・地球内部構造評価 課題責任者:坪井誠司(JAMSTEC)
津波予測シミュレーション 課題責任者;今村文彦(東北大)

<3月21日>チリ沖地震津波について
地震発生から3週間が経ちますが、震源域を中心にM5-6程度の余震が続いています。おおきな余震に対して、津波警報などが出され、住民はその度に避難をされています。
地震による建物・インフラ被害も大きいですが、沿岸部を襲った津波による被害が甚大です。少なくとも死者800名、被災者200万人の殆どが津波によるものと報告されています。
コンスティトシオン市などの沿岸部を襲った津波は、高さ10メートル以上にも達したと推定されます。
津波発生から20分後に津波警報が発表された点も問題となっています。
第一波の来襲後に、海が穏やかになり、第二波、第三波は大きく、被害を出したようです。この時、避難を自分で解除したり、家に荷物を取りに行ったようです。
一方で、チリ巨大地震で最大12メートルの津波に襲われた中部コンスティトゥシオンでは、2004年末のインド洋津波の後に導入した避難訓練が奏功し、大惨事を免れました。
死者や行方不明者の多くは、避難が難しい場所にある商業施設などで被災しており、新たな課題も見つかっています。
コンスティトシオン観光地マウレでの被害が大きく、海岸から数十メートル区間は、木造住宅は基礎を残して痕跡もなく、鉄筋コンクリート造り3階の建物1戸のみが残っているそうです。

<3月14日>新しい学際研究テーマについて
課題は、災害情報と認知です。
メンバーは、地震、地震工学、津波に加え、ヒューマンエラー、心理学、認知科学、脳科学など多彩なメンバーです。東北大学での得意分野です。
先日、脳科学の川島隆太先生の研究室を訪れ、MRIなどの計測装置を見学させていただきました。
脳計測には、活動電位と代謝活動があります。
この研究では、緊急地震速報やGPS波浪計による災害情報に対する人間の反応を、心理学および脳科学における実験手法を併用して測定し、効果的な災害情報の発信の仕方を探る。
また、これまで工学系で進められてきた緊急地震速報等の技術を生かすために、次の研究ステージとして、受け手側の人間反応を組み込んだ災害情報の発信方法、すなわち人間の心理的反応や脳内反応に対応した伝達手段の開発が期待されており、これが実現することで避難行動への効果的な誘導が可能になり、被害の減少に大きく貢献することができると期待しております。

<3月7日>チリ地震・津波
地震・津波の発生
マグニチュード(M)8.8
1960年のすぐ北(過去の110年間の空白域)
震源西方の海底が南北約500キロ、東西約150キロにわたり、高い所で約5メートル隆起

遠地津波の特徴
23時間後(時速毎時700km)、日本時間で2時半頃に第一波観測されました。
その後の3、4波目が最大波であったようです。
押し波より、大きな引き波が特徴です。
強い流れ、渦なども形成されました。
様々な来襲方向(直接波、境界波、反射波)=>長時間継続の原因です。
1日経っても継続していました。

現地調査結果について
3月1日に、現地調査を実施しました。気仙沼では、津波高さで1.5m、全振幅で3mの津波は来襲していることを、昨日調査いたしました。
下水道を逆流し、マンホールからあふれ出る海水がありました。
漂流物(1トンコンテナ)1500個、固定され、被害無し。
海域での養殖筏などの被害は甚大でした。

避難状況について
宮城県内では15市町の18万8109人に避難指示が出され、一時は1万954人が避難。
避難率は高いようでしたが、第一波目の到達後に、避難場所から移動した方がいたようです。
沿岸部では、交通規制などもありました。

<2月28日>津波防災支援システムとスキルアップ講座
東北地方の太平洋沿岸の沖合にGPS波浪計が7基浮かんでいます。
GPS波浪計とは、カーナビなどでおなじみのGPSを、海上に浮かぶブイに取り付けたものです。
GPSが付いているので、ブイの位置が分かります。
ブイの位置が分かる・・・ということで、波の高さも分かるということになります。
波の高さが分かるので、当然、津波が発生すると、津波の高さも確認できるようになります。
これが、少し沖合、大体10kmちょっとの沖に浮かんでいるので、沿岸に津波が到達する少し前に、どれぐらいの津波が来ているかを確認できるわけです。
さて、スキルアップ講習会ですが・・・
県や市や町で防災に携わっている役所の担当の方は2-3年で入れ替わるケースが殆どです。
しかし、津波はいつ発生するか分かりません。
津波が発生して、沖合にあるGPS波浪計で津波が観測された時、県や市や町ではどんな対応したらよいのでしょう。
GPS波浪計は、沿岸に津波が到達する前に津波の高さを確認できることが最大の魅力です。
しかし、GPS波浪計が浮かんでいる沖と、沿岸では津波の高さが違います。
このGPS波浪計のシステムを、担当者が代わっても同じように使えるようにして行かなければなりません。
そこで、GPS波浪計のシステムの特長や使い方を学んで頂く場としてスキルアップ講習会を開催しました。
今年度は、1月22日に、気仙沼、大船渡、釜石、宮古の市役所の方に集まって頂き、システムの特長や使い方を学んで頂く講習会の後、実際の情報を想定した図上訓練も行って、システムがどのように利用できるか皆さんで意見交換を行いました。
意見交換で頂いた意見を、現在、整理させて頂いているところですが、単にシステムを作って終わりではなく、ユーザの視点に立って、利用をサポートしてゆくことが必要だと考えています。
このシステムは、GPS波浪計による津波観測情報だけでなく、その情報から津波の浸水範囲を予測する機能も開発中です。

<2月21日>積雪と地震
今年は、寒暖の差が激しいですね。
4月並の天候だったり、一方、真冬日で大雪が降ったり、しています。
さて、2月ですので、雪と関係した話題を紹介します。
雪と地震の発生は直接関係ありませんが、積雪期に地震に見舞われると大変です。
例えば、屋根の上に雪が残っており、家の荷重が増していたり、避難路が思うように使えなかったりします。
積雪地域における木造住宅の耐震性は、積雪期での地震を想定して検討する必要があります。
現行の建築基準法では、屋根重量に加える雪荷重が考慮されておらず、札幌市等でも塗装鋼鈑葺きの「軽い屋根」を「重い屋根」として対応しているだけです。
さらに、2004年10月に発生した新潟県中越地震では、約 3,000棟の木造住宅が全壊しました。
さらに、12月からの断続的な降雪によって発生した18年ぶりの豪雪により、なんと257棟の木造住宅が全壊したのです。
これら全壊した木造住宅の8割近くが、先に発生した中越地震で全壊と判定されていたのです。
最近の研究では、振動による屋根雪の動的挙動が構造体の振動特性に影響を及ぼすことを実験的に明らかにしている。

<2月14日>ハイチ地震のその後
1月12日に発生したハイチ地震から1ヶ月が経ちました。
前回の1月31日に、地震の概要を説明しましたが、本日は、その後の様子を紹介します。
今回は、震源が浅い典型的な直下型地震(内陸地殻内地震)です。
横ずれタイプの地震です。左横ずれのメカニズムをもつ地震でした。
余震活動、非常に活発です。余震によって無くなった方も報告されています。
1月20日朝にあったM6.1の余震が現時点では最大規模でした。
これにより、ビルも倒壊し、死者も出たという報告もあります。
地震の影響を受けた子どもとその家族は、さらなるストレスを受けています。
また、救助・支援活動も難航しています。
津波について、現地、沿岸海洋協会の関係者の報告によりますと、津波も発生したようです。
通常、横ずれ断層では津波がほとんど発生しましせんが、今回は、2-3m程度の規模だったようです。不思議です。
現地南海岸のJacmelとLes Cayesという町では、漁師らが夕方陸に戻っていたときに地震が発生しました。その時に、ゴロゴロというとどろきに後に、海面が約100-200m引いていったそうです。
すぐに海面が戻り、押し波の津波が来襲したそうです。
津波による犠牲者が出たかどうかは不明です。

<2月7日>インドへの出張
先月、初めてインドに行って参りましたので、報告致します。場所は、チェンライ市近郊のKalpakkamです。インドの南東部沿岸に位置しております。2004年インド津波でマドラス原子力発電所が影響を受け、国際機関であるIAEA(国際原子力機関)が、安全アセスメントの見直し作業を始めました。IAEAは、原子力発電所の高潮、洪水、津波や河川の氾濫に関連するアセスメント・設計に関する規制などを行っております。今回の被災例、現在の研究などの取り組みに関する情報交換の場としてワークショップを企画した。今回2回目です。5年前のインド洋大津波で原子力発電所に物理的な被害はありませんでしたが、津波が来襲し、冷却水用の取水トンネルを通じて、復水器冷却ポンプ室に海水が入りました。ここで、冠水しポンプ停止したのです。また、放水口の護岸にあるフェンスの一部が崩壊してしまいました。また、新しい施設を建設中で、この地盤高-20mの基礎に津波による越流水が浸水しました。排水には約1ヶ月を要したようです。大きな今回の被災が工事中であったことから、工事中の津波対策についても今後考えなければなりません。今回の会議では、地震・津波の活状況、地球温暖化、気候変動などを受けて、高潮、洪水、津波などの沿岸域での影響評価の手法を改訂していきます。

<1月31日>ハイチ地震
2010年1月13日午前6時53分(日本時間、現地時間では12日16時53分)、ハイチ南部でM7.0(USGS)の地震がありました。
震源速報は、北緯18.4度、西経72.5度、震源の深さは13kmマグニチュードが大きく、震源が浅い地殻内の地震のため、大きな被害が出ています。カリブプレートと北米プレートとの境界付近で発生したのです。
北米プレートはカリブプレートの下に、西南西の方向に沈み込んでいます(20mm/年)。
過去、北側にSeptentrional断層、南側にEnriquillo断層があり、1751年、1770年にこの断層で地震が起き、それ以降ひずみがたまっていると言及されていました。
今回は、震源が浅い典型的な直下型地震(内陸地殻内地震)で、地震の規模やメカニズムは、阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)と類似しています。
首都ポルトープランスでは大統領府や国会議事堂を始めとする多くの建物が倒壊、最終的には死者最大20万人という予測もあります。ハイチは長年不安定な政情が続き、統治能力を欠く政府で安全に備えがなったという指摘もあります。現地の建物は鉄筋コンクリートのフレームに素焼き煉瓦を積み上げて壁にする工法が主流ですが、床スラブをかなり補強しなくてはなりません。首都機能の低下で、海外救助のコーディネーションが出来ませんでした。飛行場は大丈夫でしたが、港湾が被害を受け、1週間後に再開、復旧・復興のための物資の搬入がやっと始まりました。早い、復旧と復興を祈りたいと思います。

<1月24日>震災時帰宅支援マップ
2005年8月に昭文社から発売されたものです。
帰宅支援マップとは、大地震が起きた際に徒歩で帰るために必要となる情報を付加した地図のこと。
公園、学校などの避難所・休憩場所、病院、コンビニエンスストアなどの災害時帰宅支援ステーション帰宅時の注意点が記載されています。
都心への通勤・通学者必携!一人ひとりのカバンの中に。私も持っております。
工夫も随所にあります。帰宅支援ルートは各進行方向を上にした地図で掲載されているため、歩く方向そのままに地図が展開する実用的な構成です。
災害対策関係の書籍として根強い人気で売れているようです。
続編として昨年末出版された「千葉・城東版」「神奈川・城南版」、さらに、名古屋や京阪神版も出版しています。
この支援マップを使って職場から自宅までの45キロを実際に歩いて見た方もおられます。予想以上に時間がかかったようです。
さらに実際地震が起こって、支援マップの指示通り歩いても橋が壊れて通れなかったり、道路が寸断されたりで迂回するなど考えると、帰宅するまで何日掛かるのか、支援マップがあっても相当な覚悟は必要となるようです。

<1月17日>MEGAQUAKE 巨大地震
先週は、阪神淡路大震災の話をしました。
15周年を迎える今年、NHKが特別番組を企画しました。
4回のシリーズに分かれ、先週の10日、第1回が放映されました。
ご覧になった方もおられると思います。
破滅的な被害をもたらす巨大地震=メガクエイクの実態を解き明かします。地震の真実を追究する科学者(クエイクハンター)たちが明らかにする地球の“地下の真実”、巨大地震の過去と未来の姿、KOBE多くの命が奪われた15秒の真実、そして巨大都市を待ち受ける未知なる揺れ、激しい揺れで破壊 された都市を襲う巨大津波・・・最新のCG・特撮技術を駆使してリアルに描き出します。
第1回と4回において、今村文彦・津波工学教授や菅原大助・GCOE研究員らの津波研究が紹介されます。詳細は、以下のページを参照下さい。
番組HP http://www.nhk.or.jp/megaquake/
第1回 巨大地震
1月10日(日)21:00~21:58(NHK総合)
第2回 KOBE 15秒の真実その時地下で何が
1月17日(日)21:00~21:58(NHK総合)
第3回 メガシティーを襲う新たな震災、未知なる長周期地震動との闘い
3月7日(日)21:00~21:58(NHK総合)
第4回 死の波が都市を襲う
3月14日(日)21:00~21:58(NHK総合)

<1月10日>阪神淡路大震災から15年
平成7年1月17日5時46分に発生したこの地震による被害は、死者・行方不明者6436名,住宅全壊約10万5000棟に及んだ。
その後、「災害に強い社会」を作るための取り組みとして、災害の記憶・教訓を忘れない、後世に残すこと、また、次の災害に備えるこれがが2つの柱になります。
阪神・淡路大震災後の約15年間、耐震設計法の基本理念、既存構造物の診断法と補強方法、防災向上のための社会システム、復旧・復興の方策などについて、調査・研究を推進し、これらの結果にもとづいて提言等を社会に発信して来ました。これらの提言が国、自治体およびライフライン事業者等による政策・施策に取り入れられることにより、学協会は社会の地震防災性に貢献して来たと考えます。

<1月3日>2010年を迎えて
今年はチリ沖地震津波50周年になります。
昨年は,伊勢湾台風から50年の年でした。
沿岸災害が頻発し、多くの被害を出しました。
昨年を振り返ると:
被害のあった地震・津波を考えると、
6月 内陸地震1周年(復旧から復興へ)
8月 駿河湾沖地震(高速道路の崩壊,死者,異常な津波の発生)
9月 サモア地震津波,インドネシア・パダン沖地震(1,000以上の犠牲)
10月 新型インフルエンザと地震防災
今年の課題としては:
地域での取組として:中小企業などでのBCP(現在10%程)
災害情報として:GPS波浪計(スキルアップ講習会)、緊急地震速報の普及
などが挙げられます。
啓発活動では、今年も、チャレンジ防災講座やサバ・メシコンテストをさらに発展させて実施したいと思います。